2009年9月27日日曜日

さつまいもごはんは 伊勢湾台風の想い出

9月26日



きのう 丹生のふれあいの里でさつまいもを買った

さっそく さつまいもごはんのリクエストがあり

ご飯を炊いた



2合の米に 200gくらいのさつまいもを1本
適度に皮をむいて 



1~2㎝角ほどに切りそろえる


規定量の水を入れて炊きあげればできあがり

ワシはサツマイモご飯を食べると小さい頃をおもいだす
毎日さつまいもの入ったおかゆやった
コメのご飯なんか食べさせてもらえんかった
丸く平らな麦が主食で
おかずは目刺しか漬け物それに味噌汁
コメの飯は残り物を蒸かし直し したもんや

志摩の とある場所で
小さな宿屋をしていた両親
コメの飯は「お客さんに出すもの」で
従業員や子供たちは麦飯が普通やった

卵焼きは兄弟3人で取り合い
それもお客に出すだし巻きの両側を切った物
お客に出した 食べ残しも争奪戦
刺身 煮物 焼き物 ぜ~んぶ
箸をつけたもんまで 取りあいやったな

大阪「船場吉兆」が問題になったが
そんなことは当たり前 使い回し
全部ワシらの口に消えた
生きていくのに エエカッコできん時代やった
吉兆はんも昔の常識は通用せんようになっとったんやな
ワシらの時代なら当たり前 かわいそうに

50年前やな伊勢湾台風がきて
何もかも吹っ飛ばしてしもた
食うもんも 着るもんもなかった
住むとこさえ 屋根の瓦は無し
窓のガラスは無し 
そんな生活が何年も続いた

それでも両親は子供を飢えさせんと
教育も受けさせ 一人前にしてくれた
もうこの世におらんけど 感謝 感謝 感謝

小学1年の時やった
9月26日は
伊勢湾台風から50年やったな

1 件のコメント:

のほほん さんのコメント...

昔はみんな貧乏だった

我が家の記憶はほうとう、うどんこの練ったものを煮たもの

今は裕福ですね