2013年9月29日日曜日

古代日本海文化圏 古事記をよむ  The ancient Sea of Japan cultural sphere

8月の末に「朝鮮時代ドラマ」について調べてみた

NHKの「名著25」で「古事記についての解説があった

日本の歴史書として「日本書紀」と「古事記」が有名だが 

その成り立ち背景や意図に大きな違いがあることを知った

もとより 「記紀」はその難解そうなところから 

日本史の授業でも詳しく触れられた覚えはない

歴史書としても文学書としても評価が高いそうなのだが

その内容について知ることは今までなかった


多くの学者研究者に依り「記紀」について研究がなされてきており

現代訳解説書も数多く出版され 研究者のHPもたくさんある

歴史学界でも「記紀」の相違点が論議され公表されつつある

古事記



和銅5年 (712年) 

稗田阿禮(ひえだのあれ)の誦習を大臣安萬侶が文字に書き記したとある

口伝伝承を文字にした文学性あふれる書物といえる

日本全国の神社の宝として重要視されている





日本書紀 




舎人親王や藤原不比等らが撰者となり 当時の官製日本史としての位置づけが大きい

天皇の正統性を重視し 中国唐王朝への対抗意識傾向が見受けられるという

この点から藤原不比等による「捏造説」も指摘され 

聖徳太子は存在しなかった説」が急浮上してきている




「記紀」の信ぴょう性は学者 研究者にお任せするとして

番組中 解説者として 立正大学文学部教授 三浦佑之氏が述べられた

「日本海文化圏」と云うことばに 興味がわいた

教授によれば古代中国 南方諸国から日本海を中心とした交流文化圏があったということだ

縄文 弥生時代を通じ 海を渡り日本に至る 日本海ルートができていた

対馬海流に乗るルートだが 

中国本土 南方国 沖縄 九州北部 朝鮮半島南部 チェジュ島

対馬 出雲 高志(越) 諏訪 三内丸山を回遊する海路が成立していたという

出雲の巨木神殿や銅器文化 稲作 工芸技術や翡翠文化など枚挙にいとまがない

ヤマト王権成立以前に すぐれた文明が存在したことが伺えることに驚く






紀元前600-334年に中国揚子江流域に「」が存在した 隣国は「」であり

対立関係が絶えず38年も続いたという

中国本土に存在した「倭人」の国でもあったらしい? との説もある



対立関係にある国者同士が同じ船に乗り合わせても 遭難難破の危機の時は

助け合う「呉越同舟」の四字熟語が生まれたという

因みに「越人」はこの日本海ルートで日本に渡来し「越の国」を作ったと考える説もある

越前(福井県) 加賀 能登(石川県) 越中(富山県) 越後(新潟県)がそうである

越人は農耕や銅製品文化に優れ 富山の銅製品産業や新潟の稲作に

多大な影響を及ぼしていると考えられている

また「呉人」は織物技術に優れ 呉服は当時の呉人が着ていた服だという

そうか そうだったのかがまた新たな興味を産んでいく


古事記は

ヤマト王権が成立するにあたり 周辺地域の王国として存在した国々を平定し

出雲の国譲り伝説やヤマトに対抗する国や部族 豪族の「語り部」でもあり

「権力闘争で去っていった者 報われなかった者」への共感をよぶ記述がある

心優しい日本人の心の書であると言ってもいいのではないか

日本書紀はこれら神話 民話 歌謡を省いている傾向がある



日本書紀は垂直的 高天原  豊葦原中国 黄泉の国で遊びがない

古事記は平面的であるという 常世国 海神の国 根の堅州国の存在を表し

垂直的思想と平面的思想の融合を図ろうとする南方諸国的思想がうかがえる

ここらの思想意図を学んでみるのも興味がある




歴史は 教訓や希望  愛憎の瞬間の積み重ねであり 

それらを読み取る努力をすることが私達のつとめなのかもしれない

























2013年9月22日日曜日

あまのじゃく 天邪鬼   Perverse person








ワシは若い頃から父母に 「お前は天邪鬼じゃ」とよく言われた

父も祖母によく言われていたので「遺伝」だろう



人が良いというものや現象 話題のものには興味が働かん

「半沢直樹」 
「あまちゃん」 「スマートフォン」  などなど 見たことも触ったこともない


とにかく 行列や大きな人だかりは避けるのだ

人や世間が騒いだり はしゃいだり 人気があるものから遠ざかろうとする
そんなにまでして やらなあかんのかい? が先にたつので
流行は追わない この世に「絶対」は無い!!が信条


ホトボリが冷めれば「なんやあんなもん」というのがおおかたで
その時は値段が高かったり 
忘れ去られていくもんが殆どということもある



ささやかながら 毎日の飯がうまい うまいと感じられる体に感謝
子や孫から忘れられない程度に声をかけてもらい 
倹しく生きる
きょうも生きられたことに感謝
ありがとうございます
 


2013年9月20日金曜日

名月を詠む 神宮に因みて

ちはやぶるいすゞの宮のますかゞみ くもらぬ御代をてらすとぞきく
                (夫木和歌抄 三十四神祇 大納言雅忠卿)





神風や朝日の宮のみやうつし かげのどかなるよにこそありけれ
         (玉葉和歌集 二十神祇 鎌倉右大臣)


台風一過 朝晩めっきり涼しく感じられるようになった

空気も澄み 月や星のすがたも鮮やかさが増してきた

10月2日は「遷御の儀」

常若の神宮は また新たな遷宮へ向けて時を刻み始める


2013年9月18日水曜日

さんまの塩焼きはステーキ用鉄板で!!




9月17日

台風が日本列島を縦断

直接進路ではない地域が災害に見舞われた

わが息子一家も京都太秦近くに住まいしているが

桂川の異常水位での影響はなかったとのこと

全国で被災された方々には 心よりお見舞い申し上げます



台風の影響で海は近くても漁にはには出られず

スーパーの鮮魚売り場も閑散状態でした

そんな中ひときわ目を引いたのが 秋刀魚 さんま サンマである


北海道産との表示 丸々とよく肥えていて

目の色もよく くちばしも黄色い

早速買い求め 食卓に載せよう

今日は妻も連休の繁忙期を終え 一休みで お休みの日



さんまの塩焼き

さんまは尾から頭へ包丁を当て うろこやぬめりを取る

内蔵も食べる人はそのまま

生臭さが嫌いな人は腹を裂き

えらぶたを開けエラに手をかけ引くと

エラと内蔵がとれる

軽く塩水で洗い 塩を振る

塩をして10分ほど置き 水気をふきとる


わが家では焼き物はステーキ用の鉄板をつかう

オール電化でガス機器はない

電気焼き物器兼オーブンをつかう



焼くものの形状や目的に応じて焼き方メニューが有る

ワシはステーキ用鉄板をつかう

焼き物器に鉄板を入れ予熱しておく

予熱が完了すれば さんまを置き

ほどよく色づき焼けるまで時折のぞき窓から確認する



焼き上がりを ジュウジュウ音を立てながら食卓へ

アツアツで 冷めにくく 豪華さもある

焼き物器の汚れがほとんどなく 後片付けも簡単

ご家庭でステーキ用鉄板を眠らせている方

ぜひお試しを


すだち 大根おろし おろし生姜でおいしくいただきました




2013年9月16日月曜日

台風18号は愛知県豊橋市に上陸

2013-09-16

07:41




午前8時ころ 台風18号は

愛知県豊橋市に上陸した模様という

それに連れて三重県志摩地方は通過後の「吹返し」がすごい

接近中は雨はかなり降ったが 風はさほどでもなかった


朝7時前 志摩市災害無線で

県道 磯部ー伊勢線 通称「伊勢道路」は閉鎖通行止めの連絡あり

伊勢方面へは鳥羽回りで行かねばならない


9月14日

第2伊勢道路が開通した

鳥羽市白木町から伊勢市二見へ新たな道路が開通した

志摩市からは遠くなるので災害時以外の利用は少ないと思う

伊勢市から志摩方面へは伊勢内宮周辺 鳥羽市内の交通緩和に役立つか?

鳥羽市中心部を通らないので観光面では鳥羽市 二見町は影響が出るかも


現在 08:40 

台風の通過後のほうが風は強いように思う

もうあと1時間ほどで 

「台風一過」の青空が望めるか


これから進路に当たる方 ご注意くださいませ




2013年9月15日日曜日

夏の終わりと台風18号接近

9月15日

台風18号が接近中だ

昨夜1時過ぎ少し強い雨が降った

朝は時折薄い日差しもあったりして 台風は?

しかし 11時頃から猛烈な蒸し暑さ

じっとりと 汗が滲んでくる



朝新聞をとりに玄関を出ようとしたら

1匹の蝉が 腹を上に死んでいた


蝉の一生

地中生活のほうが長いセミのいのち

仕事をなし終えたのか 出来ずじまいか

計り知る由はなし

只々 ご苦労様 南無妙法蓮華経



9月に入り 穐の訪れが日増しに感じることとなった

台風接近までは 気温も下がり 

ふく風も 軽く感じた



15日から16日にかけてが東海地方に最も接近するという



伸び放題だった畑の草は 牽いた

台風の風雨にさらされ 折れてしまうかもしれないが

オクラ バジル ミニバラなどの支柱をしておく

どうか 被害なく台風も過ぎ去りますよう

御願い奉り候!!

2013年9月14日土曜日

台風18号 マンニイ  2013

台風18号が日本に接近しつつある


志摩市 文岡中学校付近 午前8時30分

まだ 晴れていて 時折ザワザワと風がふく

日本への影響は16日頃になりそうとのこと

気象庁台風情報


少々水不足気味のことあり できれば必要な量だけ雨をもたらしてくれたらいいのに

自然現象は思うようにはならんか?

大禍なく過ぎ去りますよう

2013年9月12日木曜日

娘夫婦と孫と過ごした3日間

先週末 娘夫婦が孫を連れてわが家に来てくれた

2月に神奈川の娘夫婦の家を訪れて以来のことだ

約半年ぶりの再会である


夜6時過ぎ 賢島駅まで迎えにいった

孫は久しぶりのご対面なので 緊張からか親のもとを離れようとしない

夕食のとき ようやく「危害を加えない じじい バアバ」であると理解できたのか

笑顔を見せてくれるようになった


翌日 わが家を探検するかのように歩きまわり

玄関 客間 風呂場 キッチン ダイニング 居間が回廊になっていることに気づいた

何度も何度もクルクル回って 居間にいる私達に笑顔を振りまく


なんども ダッコさせてとお願いするが 虚しく首を横に振る

バアバと 今回はダメかもね~と目配せしあう


楽しく過ごした3日間も あっという間に過ぎていく

最後の日は「神宮参拝」

平日の月曜日というのに おはらい町通り 神宮は大賑わいだった



今年は「神宮式年遷宮」の年で

十月二日に内宮 五日に外宮で「遷御の儀」が執り行われる

内宮 新正殿の造営も完成し 「お白石持ち」も済ませた


十月五日以降はあらたなご遷宮へ向けての二十年が始まることになる

神宮は とわに「常若」なのだ


そんな神域を 孫とあるく


一年半前 この子は神宮でお宮参りをした

お神楽奉納時 大泣きして 親たちを慌てさせた事が思い出される

大きくなったもんや

今は自分の両足で玉砂利を踏みしめて 御正殿へむかう



あたらしい 御正殿の門が追い込みの普請中

ツワーの名札をつけた団体客が押し寄せる

慌ただしく時は過ぎていく

おかげ横丁の「団五郎茶屋」で昼食を取る

松阪牛の串焼きが大ヒット 多い日には1000本も売れるという

串焼専門のおじちゃんが 汗だらけになりながらセッセと焼いていた

評判通り柔らかくてうまい ビールのおつまみには最適だな



赤福本店前

赤福氷が最後の追い込みをかけて

飛ぶように売れる




娘夫婦と孫を 宇治山田駅に送り 別れを惜しむ

夜 7時頃 娘から無事 家についたと連絡があった

孫が 鶴瓶の麦茶の顔をみて 

「じいじ じいじ」と指さしたという

婿殿 娘よ 孫よ 楽しい時間をありがとう



賑やかだったわが家で またジジイ ババアの二人だけの生活が再開

9月11日は私達の35年目の「結婚記念日」だった

妻よこれからもよろしく