2010年2月8日月曜日

ぶらり そこまで でも懐かしい 伊雑宮へ

2月8日

きのう 天気もよくまあまあの お出かけ日和でした
急に思い立っつて 志摩市磯部町
神宮別宮 伊雑宮へ行ってみた
皇大神宮 志摩一宮 遠宮の役割



子供の頃は「お御田 おみた」という御田植神事がある神社の認識しかなかった
6月24日の「御田植祭」は日本三大御田植祭が行われることでも有名だ
あと二つは  千葉 香取大神宮
         大阪 住吉大社

御田植祭当日は志摩一円から多くの人があつまり
露天なども出て賑やかだった思い出がある

中学高校になるとそんな「まつり」からも遠のいてしまった


神域と隣接する 
御田植祭が行われる「田」を含めると結構な広さがある

いまは整備されて大変綺麗になっている
子供の頃のイメージとかけ離れてゆくのに 時間を感じる



鳥居をくぐり 手水を使い 神域へ
前方に2本の杉の巨木
1本は大きく傾いてはいるが 折れてはいない
ただし 支えが付けられているのだが

皇大神宮 別宮 伊雑宮ご正殿

もう何十年ぶりに来たんやろ




神宮と同じく伊雑宮も「遷宮」が行われる
社殿左には 「み敷地」が用意されている






先程の 2本の杉の木 








こんなふうになっておりました


支柱が立てられ この木を支えていました


風が吹くと「ギッギッ」と支柱との摩擦で音が聞こえます


社務所の近くには こんな木も


根元が大きく コブ状にになっていました


どれほどの時を経てきたかは わかりません









「御田植祭」がおこなわれる「神田」






日本人が稲作を通じ神と一体感を享受する神事


日本書紀に


「斎庭の稲穂の神勅」というのがある





「吾が高天原に所御(キコシメ)す斎庭の稲穂を以て、亦吾が児ミコに御(マカ)せまつるべし」
神代から日本人は稲作を尊び その恵みに感謝を捧げてきた








人間より大きなもの 力のあるもの 自然現象 すべてのものに


神が宿るを 当然として受け継いできたのだろう


だから 「八百万の神」を産んできた心広い 稀な人種とも言える





「太一」 たいつ または たいち と読む


「太」は  至高 宇宙 天界の概念


「一」は 物事の根源 始まり 唯一












 人の多く集まるところや 催し まつりなど 元来好きではない私にとって


「お御田」の写真などあるはずもないので WEBから拝借してきた


伊雑宮 御田植祭





地元にいるとつい 近くやからと思い込み


「知ってるつもり」が多いことに気づく


案外 「地元のことは地元民が一番知らない」かも?





若い頃聞いていた ラジオ番組で 永 六輔や 小沢昭一が


よく言っていたこと


「普段通らない道を通ってみる 入ったことの無い世古に入ってみる」


当たり前としていることを 少し変えてみるだけで そこに 「たび 旅」がある