望みの綱だったベネクレクスタとアザシチジンの併用療法も
正常な血液まで破壊し始め中止となった
担当医師は次なる抗癌剤 ディプソボ錠を候補に上げ投与開始した 当初からこの薬は心臓に影響し、不整脈を誘発し突然死を招くこともあるという
投与後、心電図検査があり 心臓への影響が確認され
また休止となった
その後は心電図検査と血液検査の繰り返しとなる
残るはアザシチジンの単独投与となるか?
担当医師もチームで協議を重ねているようだ
8月6日病院のクリーンルームで74歳の誕生日を迎えた
望みの綱だったベネクレクスタとアザシチジンの併用療法も
正常な血液まで破壊し始め中止となった
担当医師は次なる抗癌剤 ディプソボ錠を候補に上げ投与開始した 当初からこの薬は心臓に影響し、不整脈を誘発し突然死を招くこともあるという
投与後、心電図検査があり 心臓への影響が確認され
また休止となった
その後は心電図検査と血液検査の繰り返しとなる
残るはアザシチジンの単独投与となるか?
担当医師もチームで協議を重ねているようだ
8月6日病院のクリーンルームで74歳の誕生日を迎えた
我が白血病も3月17日に「寛解」をむかえ退院となった
今日に至るまで自宅療養をしていたが 途中膀胱がんがんの再発があり 5月20日に手術をした
血尿の血が固まり尿が出なくなる症状が2回あった
入院中の血液検査で血液中の「がん細胞」が増殖を続け
「白血病の再発」が宣告された
退院してわずか2か月ほどで再発!
くやしい!!
年齢的なこともあり「高リスク骨髄性白血病」と
診断された
6月9日再入院となり もう寛解の余地なしの宣告
ラストチャンスの化学療法へ踏み入れた
治療しなければ「数カ月の命」と言われる
今回の化学療法は飲み薬と点滴を併用する
飲み薬は 「ベネクレクスタ」
点滴薬は 「アザシチジン」
4週間を1サイクルとしてその繰り返しとなるらしい
ベネクレクスタの目的は
「血液中のがん細胞を限りなく少なくする」
アザシチジンは
「遺伝子レベルでがん細胞を抑制する」にあるらしい
これらの「抗癌剤」が効を奏してくれることを願うばかり
これから日々自分の体がどう変化していくか記録していく
1日を過ごすのに時間を持て余す事が多い
特に血液内科のクリーンルームは外部から隔離されている
点滴や輸血 血小板輸血など予定がなければ....ひま!
部屋は個室 2重窓で外の音も聞こえない
天井にはエアコン兼空気清浄機が1日中運転されている
他の臓器のガンと違い臓器の痛みはない
がんにより脊髄の造血機能が正常な血液を作ってくれない
よって貧血 感染症 免疫低下 発熱 鼻血や皮下出血が
現れ生命の維持に支障をきたす
悪性リンパ腫から始まり脊髄異形成症候群
今は急性骨髄性白血病という病名に変化した
途中膀胱がんも発見され内視鏡手術もおこなった
73歳という年齢もあり寛解への道のりは遠い
このまま人生を終わるのか?
たえず不安がつきまとう
昔ある街を訪れたとき禅寺と思われる門前に表示されていた言葉だ
衆院選挙も終わった 結果は報道されている通り自民党圧勝に終わった
「大義なき解散」といわれ
大きな争点もなく高市氏人気にあやかった結果とも言われるが
彼女が
「私でいいのか?!」と国民に問うた
ある意味
直接総理大臣を選べる選挙でもあった
やはり国民はよく見ている
他党や個人の誹謗中傷に明け暮れた政党
や選挙目当ての政党とは一線を画し
党首自ら「笑顔」で選挙に臨んだ
今回の選挙で「大敗」を喫した政党候補者は
自ら反省の弁もなく落選を突きつけられてもまだなお他人の所為にしているごときは人間として
いかがなものかと感じるのは私だけか?
去る5日、入院中の院内で期日前投票を終えた
人生初、投票所以外での「投票」だった
貴重な経験でもあり国民として意思表示の機会は逃すまいとの思いもあった
結果は自民党の「圧勝」となったが
冒頭のことば
「みんな見ておるぞ」はこれからの自民党に突きつけられた「国民からの声」であることも忘れないでほしいものだ
今回は若い人 オールドメディアVSニューメディア SNSなど
多くの声が反映されている
今まで以上に国民はその意思に反した行動 言動に厳しい目を持ち監視している
数に任せた安易な行動は慎まなければならない 「責任政党」の責務を果たして欲しいものだ
2月9日 血液内科クリーンルームにて
2025年も大晦日となり 病院もひっそりとなった
患者の殆どは年末に一時退院をし 我が病棟も
数人が病院で「越年」となった
ワシは神宮の年末年始の混雑を考え病院で「年越し」をする
事を選んだ
年明けて2026年
病院食もお正月気分を味わえる
入院中唯一の楽しみでもある
1月1日
朝食は「雑煮」を初めとするメニューだった
2025年12月30日
師走も30日となった
悪性リンパ腫に始まり 骨髄異形成症候群 膀胱癌 今は急性骨髄白血病の治療中だ
初めて病院での年越しとなった
我が家は伊勢神宮から1時間ほどの道のり
伊勢市内の交通渋滞 急を要する場合万が一を考え 病院に留まる事にした
家族には会えないが仕方ない
来る2026年がいい年であることを願うばかり
悪性リンパ腫に罹患し1年以上
悪性リンパ腫入院中に血尿が出始め泌尿器科を受診
膀胱鏡を使用し膀胱内部を診る
担当医師はごく小さなガンらしきものを発見
通常のガンと少し形状が違うらしい
多くは小さな「えのき茸」状の突起があるらしいが
私のはまだ「えのき」が生える以前の状態らしい
膀胱壁に「ヒトデ」様の赤みがある部分が認められた
医師は「削り取り」ますという
組織検査を行い「がん」の悪性度や治療法を決める為の
「手術」がおこなわれる
医師曰く「極初期のガン」でそれほど心配はない と
後日「切除手術」をするという
まあそれにしても高圧洗浄水を当てられると痛い
2週間が過ぎた
通常 化学療法が用いられる
素人の私にはわからんので リンクを参照してほしい
現在は第一クールが終了し 約4日間の自宅療養を終え
11月19日再入院した
第一クールは 抗がん剤投与とその副作用を経過観察に
3週間ほどを要した
その後担当医師から4日間の自宅療養が許可された
第2クールが始まった
前回と同様抗がん剤投与と経過観察が今後も繰り返される
凡そ5~6回の入退院を繰り返し経過観察が行われるらしい
CTやPETなどの検査もあるらしい
がんを宣告されこれからどうなる?
治るのか? 絶えず不安が付き纏う!
10月28日
入院指定時間は14時だったが30分ほど前に到着
1F 患者支援センターで手続きを終えて入院室へ
かねてからの希望通り個室に入室
以前、違う病院であったが 4人部屋へ入院
患者同士気を遣うし 年齢も様々
大変な目にあったことが思い出され
今回は個室を希望した 病気のこともありわがままを言った
最上階の「血液内科病棟」
血液のがんの一種 「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」は
治療法は確定されていて、実績もある
Pola+R-CHP療法というらしい
感染症に罹りやすいので「隔離病棟」扱いとなる
送ってくれた妻も病棟には入れなかった
入室してすぐ「検査」に回されたので 妻と言葉も交わすこともできず大変心残りで、申し訳なかった
明日からの「治療について」担当医師、薬剤師から詳しい説明があ
った
10月22日
日赤伊勢病院再診
例により受付完了後指示どおり「血液検査」へ
本日の採血は3本
採血後担当医からワシの「悪性リンパ腫」について詳しい説明があった
前向きに立ち向かうことだけはやりたい
その後「脊髄生検」
血液の癌といわれるリンパ腫 がん細胞がどこまで広がっているか
また他の病にかかっていないかを知るため行われる
麻酔を打ち 針で穴を開け細い筒状のものを入れ錐体の
一部を吸い取り 病理に回される
処置が終われば麻酔が覚めてくる 当日は入浴禁止
次の日もとても痛い
担当医から入院日の指定があった
10月28日だ
入院のための案内は
患者支援センターでおこなわれた
高級ホテルのフロントのようだ
入院に関する説明を受け
現在の体の具合などを確認される
確認後は入院に関し患者本人からの「希望」を問われる
入院に関しては「個室」を希望した
他人に気を使いながらの入院生活はストレスしか無い
治る病も治らなくなる 唯一のわがままだ
子供たちには経過説明と現状 入院について連絡した
10月18日
妻の休みにあわせて「期日前投票」に出かけた
支持政党などは無い
国政への民意反映の手段として毎回行っている
三重県の南部僻地では選挙カーも来ない
実に静かでありがたいことだ
石破政権は「旧安倍派」の一掃がしたいようだ
「裏金=不記載」とか自民党に対する批判は多い
給付金や減税などちらつかせ騒いでいるがその財源は
どこにあるのか
増税 増税で明け暮れた岸田内閣
経済などわからぬ輩が口角泡を飛ばしておるが
経済は「経国濟民」が本来の言葉
国をおさめて 民を救済するによる
日本国民は誰も救われていない
国立大学出身の官僚が「民のこと」など知る由もない
国会議員は官僚の「操り人形」にすぎない
官僚制度の是正が強く望まれる
志摩市長選挙は対抗馬がなく「無投票」で終わった
日赤伊勢病院
再診受付を終え受付番号を手に総合案内で「案内表」をもらう
本日の院内での行動を指示されたもの
先ずは血液検査の案内が書かれていたので診察券を血液検査受付機へ挿入
番号札が発行されるので受取り、 順番が来るまで待合廊下で待機
番号が呼ばれたので採血 「今日は採血を6本取ります」 ええ~
まあ 事もなく採血終了 耳鼻咽喉科へ出向く
案内番号が電光板に表示され 診察室へ
耳鼻咽喉科の担当医は女医さんです
開口一番 「結論から申し上げます・・・」
我々の判断では「悪性リンパ腫」とおもわれます
今後の診断は私の手を離れ「血液内科」がおこないます
思わず妻と顔を見合わせる 妻は既に「なみだ目」になっていた
「まさか自分が!!」 血液の癌の一種と宣告されるとは
女医さん曰く このあとは「血液内科」で今後の診療 方針など説明します
血液内科へ
受診番号を呼ばれ診察室へ
物腰のやわらかそうな先生だった
「~さん こんにちは 今後あなたの担当をします」
私達は よろしくお願いしますというのみ
すでに耳鼻咽喉科でお話があったと思いますが
「悪性リンパ腫」の治療をしていきましょう
まずはガンがどの程度全身に広がっているか検査したいのです
10月16日 「PET検査」を受けてください
検査には3時間程かかります 当日は水分のみ
砂糖を含んだ飲料はダメです
ブドウ糖を注射し「PET CT」で検査します
ガン宣告だった
それなら気分を切り替えて この病に立ち向かっていこう
妻と帰路の車中 「前向きに立ち向かうしかないね」
昨年は年始から耳におかしなデキモノができた
そのうちものが食べづらくなり右口角からこぼれだした
耳にできた「帯状疱疹」が原因と診断され
日赤伊勢病院へ
顔が歪み始め まるで「ひよっとこ」のような有り様
抗ウイルス薬とステロイド投与で回復した
今年6月頃から喉に変調をきたし 度々地元耳鼻咽喉科を受診
「咽頭炎」とみなされ 抗生物質と消炎剤で凌いで来たが すっきりしない
ある朝歯磨き うがいをしていたら血の塊のようなものが出てきた
急いで耳鼻咽喉科へ出向いたが 日赤伊勢病院で「精密検査」を受けてください
とのご宣託 紹介状をもらい日赤へ!
10月1日 日赤伊勢病院「耳鼻咽喉科」へ
血液検査や組織検査 CT検査 穿刺吸引細胞検査などをうけて
もうくたくたになっておりました
次は10月8日に来てくださいとのこと
一体何の病気や? 不安が渦巻く 妻と口数も少なく帰路につく
ワシの住む街は人口43000人ほど
高齢者の占める割合が42%にまでなってきた
都会とは違いゆっくりと時間が流れていくようだ
スターバックスコーヒーや
ケンタッキーチキン ドトールコーヒーなんかはない
吉幾三の歌にある「俺ら東京さ行くだ」とは時代が違うが
最近まではそんな状態であった
都会から来た人たち用に「はま寿司」 「マグドナルド」などはある
地元民はあまりそんなところには行かない
「イオン」が規模は小さいながらもあり 「PLANT]もできた
買い物には困らないが自家用車が必要
大人の数だけ「軽自動車」がある
道幅が狭いので大きな車はかえって不便になる
田舎暮らしは静かだ
夜7時を過ぎれば幹線道路を除いて車通りは少ない
特に住宅地ではほとんど音がしなくなる
高齢者と言われる年代になり 夜9時頃には床につく
朝は5時頃目覚める
だから9時以降のテレビ番組は知らないし興味もない
暖かくなってきたので庭の手入れをしたい
今年は何を植えようか妻と相談せねば
3月 久しぶりに伊良湖へ出かけた
伊良湖ビューホテルは経営母体が変わり
「伊良湖オーシャンリゾート」と名前が変わっていた
1泊2日で渥美半島を旅し楽しんできた
道の駅「飯高駅」にも出かける 温泉と買い物が楽しみ